DIVE INTO CODE

2019年03月29日

野呂代表が12年間「自分の行動の時間」をひた向きに計測し続けた理由とは?

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DIVE INTO CODEの代表の半生とは?

この記事ではDIVE INTO CODEで働く人の魅力に迫ります。第一弾の今回は、DIVE INTO CODEの代表の半生を、インタビュー形式で明らかにして行きます。「思わず語ってしまった」、と代表が語る赤裸々な人生ストーリーとは?

エンジニアリングの原点

野呂代表のエンジニアとしての関わりを教えてください。

29歳当時、私は転職をしてシステムエンジニアやコンサルになりたいと思っていました。そこでエンジニアに転職をします。フルタイム社員だったはずなのに、様子がおかしいんです。入社した瞬間に言われたのは、「エンジニアの学習をしろ。課題を与える。できなかったらクビ」。 いきなり言い渡されたんですね・・・。 寝耳に水すぎて 最初は意味がわかりませんでした。どこから何をやっていいかがわからないので、「そもそも何これ?」という感じでした。

いきなり壮絶な話ですね・・・。

はい・・・。でも、一方で当時は、諦めるという選択肢がなかったんです。とにかくやるしかない。与えられた課題をどうすればいいか、必死に考えました。

どんな課題が出されたんでしょうか。

- 帳票システムを作りなさい
- 計算機システムを作りなさい
- 顧客名簿システムを作りなさい

という課題でした。
成果物イメージのテキストだけ配布され、それを見ながら、頭を悩ませました。本屋さんに行ってみたんですが、一向に欲しいものが載ってないんですね。当時は、帳票を作るためにはデータベースを作る必要があることすらわからなかったからです。帳票という文字を探しても一向に見つからない。

でも、結果的に社会人としての人生の中で一番楽しかった・・・。ヒリヒリするような、生きるか死ぬかという感覚を味わえたからですかね。その時の同期はみんな学歴がよかったんですよ。言ってみれば、上澄み層に近い存在しかいない環境だったんです。余計、プライドをくすぐられました。もともと負けず嫌いでしたしね。

昔から負けず嫌いだったんですか?

小さい頃からそうでしたね。親のことをあまり聞かずに自分でやっちゃうことも多かったんです。「旅行しようよ」と言われ、「いやだー。」と反発したりしていました。家族みんなが左にいく中で、自分だけ右にいくこともあった。根底にどこか反骨精神があるんですよ。納得できない・賛同できないことに対しては意見を言う性格です。

知られざる家庭環境

ご両親はどんな方だったんですか?

父親はサラリーマンで精神を患っていました。幼少期は気づかなかったのですが、父親が突然倒れて、修学旅行の時に呼び戻されたりしていて、振り回されてばかりでした。家庭にやる気を削がれてしまう。なんとかこの状況を変えようと頑張りました。でも、どんなに自分が頑張っても他人は変わらないことが多い。なんのために、やっているんだろう、と苛立ちを覚えました。反発心と家族としての愛情の間で葛藤の連続。結局、疲れてしまったんですね。

また、父親のみならず、兄は発達障がいでした。

母親に、
「あれは持った?」
「ちゃんとできた?」
と毎日言われていたのを覚えています。

だからこそ、言われることに敏感になっていたんですね。正直、まわりのことばかり見ていました。まわりのことばかり見ていると、自分の人生を決めるというのが難しかったんです。

そうですよね・・・。その当時はどんな風に考えていたんでしょうか?

進学校に行きながら、高校2年の時になんのために生きているんだろう、と考えました。どうしてもやる気が起きなくて、自分の好きなことだけやっていました。

個人的に生物が好きだったので、熱帯魚を飼ったり、爬虫類を飼ったりしていましたね。外国産のヒョウモントカゲモドキを集めていました。一匹あたり数千円するんですが、お金がない。

そこで、ハムスターを養殖して、それを交換していました。ハムスター一匹を500円で売ってヒョウモントカゲモドキを買うんです。お店の名前は、「ポロロッカ足柄」と言います。

めちゃくちゃ起業家っぽい話ですね・・・。幼少期から商売をされていたとは・・・。

そうですね・・・。ただ、その後ターニングポイントがあります。大学卒業する前の22才の時、父親が亡くなりました。

・・・。お父さんが亡くなられたときはどう思われましたか?

最初はニュートラルな気持ちになりました。何にも縛られていない。何をしてもいい。親に期待ってついついしてしまっていたんですが、そういうものがなくなりました。そのエネルギーが自分自身に向いたんです。親が死んでも、自分は変わらない。生きるも死ぬも変わらないんだったら、自分で選べるじゃないか。もう自分で人生決めれるじゃないかと。

息吸うのも、誰と話すか、も自分で決められる!自分次第だ!!そんな風に価値観が大きく変わりました。

まわりが全部クリアに見える。
集中する感覚。
息を吸うのも自分で決めている。

選べるぞ!!!
そんな風に感じてからずっと重荷だと思っていたものからむしろ解放されました。心のオモシがなくなったんです・・・。

死のうとすれば、自分で選べるのに、なぜ、生きることを選んでいるんだろう、と考えた時、「後悔無い時間にしたい。自分自身の価値を上げて生きたい。みんなが輝いている方がいい」ということに行き着きました。一度しかない人生、自分で意思決定ができるかどうかは、極めて本質的ですよね。

12年間時間を測定し始めることに

Image from Gyazo

確かにそう思います。

その頃から僕は「人生の時間」を測り始めました。自分が何に対して、時間を使ったのか、を測定しだしたんです。自分がやらなくていい、というものを一切やらなくすれば、確実に豊かになるはずだと思ったんですね。

毎日、毎日、ノートに「勉強」「就活」「バイト」「その他」などを書いていきました。当時のデータは残っていますし、12年間分あるんですよ。

すごくいい話の後に恐縮ですが、完全に変態ですね・・・。

あはは・・・。

体重、起床時間、就寝時間、握力、年収、筋トレする回数、家事、労働、副業、勉強、読書、音楽、交際、を毎日記録で残しています。

めちゃくちゃ時間かかりません?

いや、それが1日書くのに10分だけしかかかってないんですよ。

酔いすぎて寝落ちしたとかはないんですか?

そういう時もありますが、その次の日に思い出して、頑張って書きました。

凄すぎますね。ギネス取れるんじゃないですか?

ギネス申請はしたんですけどね・・・。

ほら、これ・・・。

Image from Gyazo

属人的すぎるだから、取れません、と言われたんですよ・・・。世界中で評価可能な基準ではないと言われたんです。

Image from Gyazo

それはショックですね・・・。同じことをしている方なんてなかなかいないでしょうに・・・。

今まで2,3人だけはいたんですけど、1,2年記録しているレベルでした。ま、私からすると、ひよっこみたいなものでした。

Image from Gyazo

12年貯めたパーソナルデータを活用してみたりもしたんですか?

やってみようとは思いました。せっかくのデータですから。私のスクールでは機械学習も教えていますので、それをやってみようと思いました。でも、もともと目的変数がなかったので、学習させても、結局何も出てこなかったんです。全てが説明変数だったんですね。

・・・これはいい教訓になると思うんですよね。データの取り方は大事だぞ、と!

22才の自分に、こういう風にデータ取った方がいいぞ、とアドバイスするとしたらなんて言いますか?

後悔したかどうか、と言う目的変数を記録するように、と言いますね!何をしたらよかったというのがわかると良いんですよ。例えば、温泉だと後悔しないというのがわかったら、後悔しない度合いから類推できますからね・・・。

12年続けたということは34歳でやめたということですかね?

はい、スクールを立ち上げる前までやっていて、立ち上げの際、そのエネルギーを全てスクールに注ぎ込みました。今は一切測っていません。

時間について思うことはありますか・・・?

そうですね。

人生は時間量じゃない、人生は質だ、ということです。一瞬の出来事でも、感動したら幸せでいられますから。

元も子もないお話ですね・・・。もしかして、今のお話が今の会社の理念とも繋がっているんでしょうか?

そうです。今の時代、会社が買収されたり、倒産したりする会社も多いかと思います。そんな激変の世の中で生き抜く力を身につけて欲しい。根底にあるのは「プロのエンジニアになるために挑戦する人が、チャンスをつかめる場をつくる」という気持ちです。売上よりも、ビジョン達成を重視しています。

意地悪なことを聞いてみた

(意地悪なことを聞いてみよう・・・)ビジョン、という言葉って多くの経営者が使っていますが、売上よりもというからには、何か売上を犠牲にしてでも、ビジョンを達成していることがあったりするんですか?

例えば、多くのスクールでは、スクール経営とセットで、人材紹介業を営んでいます。就業したのちに成果報酬で企業からお金を受け取るというものですね。ですが、我々は就業の場はつくるんですが、人材紹介フィーはもらわないようにしています。

え・・・。今、エンジニアを求めている会社が多く、人材紹介費用払ってでも、紹介してほしい会社は多いと思います。一人紹介したらどんなに安くても100万円はもらえるんじゃないですか?

はい、でもこれはビジョンに反するんです。うちの理念は「プロのエンジニアになるために挑戦する人が、チャンスをつかめる場をつくる。」ここでフィーをもらうと、チャンスをつかめる場が減ってしまうんですね。

ということは、スクールに通う人には就業サポートはあまりしないんでしょうか?

いえ、むしろそこはしっかりやっています。大事なのは、世の中に付加価値をつくり送り出すことだと思うので。

- ソースコードのレビューをして、提出に値するコードにしていく。

- エンジニア1年生は挑戦者なので、「マーケットでこういう風に見られる」と言う情報提供をする。

- 面接対策、就職対策。

こういったことを手厚くやっています。また、毎日、KPTもやっています。

KPTとは、Keep Problem Tryのこと。これを毎日問いかけるんです。結局、個人が成長しないと意味がない。プロになる挑戦をしてもらうんです。仕事現場で活躍してもらうことに全力で向き合っています。そのため、朝礼と終礼、KPTを毎日やります。

さらに人生の目標に対するツッコミをメンターがやってます。「ただの感想ですよね」などと辛辣なことも言う。なぜ、そう思うのか、という質問も徹底的にします。なぜかというと、面接の時に答えられないと就職先で生きていけないからです。

就職面接で地に足ついたことを言ってもらったり、その人が前に進むようにしていくために、ガンガンフィードバックを入れています。フィードバックするときは「激辛、中辛、甘口、どれがいいですか?」と聞いてからやるようにしています。その位やらないと就職できないんです。そして、みんな激辛でお願いします、と言います。

普通じゃありえないほど、充実した就業サポートをされていて、しかも、めちゃくちゃ想いがあるんですね。

はい、うちの受講生は、アラサーで過去IT業界の経験がなく、自分の未来に希望を抱き、自分で力を得たいような方が多いんです。その手段として、エンジニアを選んだような人なんですね。

チャンスをつかむためには、まず下働きをする必要があります。新しいものを創造する人材像なので、コードがかけないと話になりません。

一方、インターネットの情報やアフィリエイトなどを見ていると、エンジニアが簡単だと勘違いしてしまう人も多いんです。それが全ての情報だと思って、いざ入ってみると、全然違うと感じる人が多い。

例えば、場所も時間も問わず、地方にいても50万もらえる、みたいな嘘が多いんです。そんなに簡単じゃないし、甘くないですよ、と言うことを伝えています。スクールで現実を伝えると、うちひしがられる人が多いんですね。

DIVE INTO CODEでは「エンジニアになるゴールの難しさ」もあえて伝えています。そこは他がやっていないことなんです。だから、他のスクール卒業した人もうちに入ってくるんですよ。

そんな受講生の方に、よく伝えていることはありますか?

独学や趣味としてではなく、学んだエンジニアスキルを価値にしたり武器としたりしながら社会を変える!ここを本気で達成できるのはうちだけです、と伝えています。技術の伝承だけがうちの責務じゃないんです。プログラミングはあくまで手段ですから。

スクール受講を迷っている方に向けて、一言。

自分が何をしたいのか。人生の目的をちゃんと、ぶらさずに、イメージすることが大事だと思っています。なんのためにスクールに通うのか。なぜ、エンジニアになりたいのか。生きる目的はなんですか。

こういうことを3回くらい聞かれるところに入りたいのか?
それとも、さらっと入れるところに、入りたいのか?

前者のようなことを聞かれるのが重要だな、と思う人にはうちはぴったりです。

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