インタビュー

2019年09月18日
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DIVE INTO CODEの飯田潤さんインタビュー ! 「正しいことをしている人が、正しく評価される世界が好き。Webを介して、人生をかけたイノベーションを起こしたい」

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「つくっておしまい」ではなく、「つくって使ってもらう」

今年の5月にDIVE INTO CODEにジョインした飯田さん。DIVE INTO CODEを知ったきっかけは何でしたか?

Twitterです。もともと僕は他のスクールに通ってプログラミングを学んだのがエンジニアとしての出発点です。僕、スクールに通ってはいましたが、卒業せずに辞退しました。「プログラミングスクールってこんなものなのか……」って思っちゃったんです。

「こんなものなのか……」というのはどんなことに対してでしょうか? 詳しく聞かせてください。

カリキュラム」「メンターの技術とスキル」「就職サポート」ですね。と言っても、たぶん自分は少し変わっている方なんです。なぜかというと自分以外の生徒はスクールの内容に満足しているように見えましたので。

卒業したエンジニアのキャリアに対して「ちょっとおかしいのでは?」とギモンを感じていたというのも根底にあるかもしれません。実務経験が半年あれば、フリーランスとして活躍できる場はいくらでもあるのに、どうして一度企業に入るところからスタートしなければいけないのかな?と。なので、自分は就職せずにインターンという形で企業と関わり、フリーランスになりました。

どこも同じなのか、皆はどんなふうに思っているのかとTwitterで評判の良さそうなスクールを検索したところ、DIVE INTO CODEにたどり着きました。

そしてそのあと、DIVE INTO CODEのメンターになるわけですね。

はい、フリーランスの活動もやめ、今はDIVE INTO CODEのお仕事が軸です。同じメンターにとても尊敬している人がいるのですが、彼と協力してとある会社の設立もしました。今、僕のモチベーションは「自分で何かをつくり、使ってもらいたい」ということ。そのために手を動かしています。

承認欲求を満たすためのものづくりからの脱却

そもそも、エンジニアになろうと思ったのはどうしてですか?

僕は18歳の時に長崎から東京に出てきました。新横浜にあるものづくり企業がキャリアのスタートです。そこでは「機械オリンピック」にも出場しました。

「機械オリンピック」とは、どのようなことを競うのですか?

正式には技能五輪全国大会と言うんですけれど、世界大会もあって僕は旋盤(せんばん)をやっていました。競技では課題が与えられるんですが、トヨタ自動車や日立など日本の錚々たるものづくり企業と真剣勝負をし、6位に入賞することができました。この時は頑張りましたよ。本当に。

そして、プログラミングの世界に。ものづくりはものづくりでも、内容が全く異なりますね。

Image from Gyazo

これはもう心から言えるんですけれど、僕、ものづくりに対して自信があったんですよ。日本で6位になるくらいの技量を持っていましたから。ところがプログラミングスクールに行ってみると、全くわからなくて。理解が全然追いつかなかったので、受講生としてスムーズではありませんでした。一言にものづくりと言っても、いろいろあります。これは体験しましたので、本当によく分かります。

なんて言うか、伝わるかどうかわからないのですが、僕はものをつくるだけというのは「嫌い」なんですよ。なぜかというと、自分はものがつくれる人だったから。ものづくりは自分の承認欲求を満たす手段であることを知っているんです。だけどそれでは十分ではない。自分がただ“やりたい”だけでは、意味も価値もないのでは?と思っているんです。

なるほど。

エンジニアとしてものをつくるだけなら誰でもできると思う。まあまあ、給料もいい。けれどそれなら、誰かが使ってしっかり満足していただけるようなものをつくるというのが僕の正義です。

自分がつくったものを「褒めてもらう」「認めてもらう」ではなく、自分に何が残せるかを考える……。そんなふうに思考が変わった背景には何がありましたか?

答えになっているかどうかわからないのですが、実は社会人になって初めて働いた会社で不正会計問題があったんです。しかも入社した年にです。問題発覚後、その企業には退職者が続出しました。勤続40年などの人が、毎週2人くらいずつ辞めていくんです。その時に「この人たちは一体何を残してきたのだろう」と、どこか虚しく思ってしまいました。

じゃあこの虚しさをどうしたらいいのか、って考えたら、つくって終わるのではなく、つくったものを介してきちんと知ってもらう、これしかないって思いました。

孤独といじめと憧れ。飯田さんが体を鍛えた理由とは。

DIVE INTO CODEに入社後、一番驚いたことは何でしたか?

Image from Gyazo

メンターの質が非常にいいことです。自分がいたスクールは、学生メンターさんが研修を受けて教えるというように完全未経験者がメンタリングをしていました。一方でこちらは実務経験のあるメンターばかりですから。

自らの「生き方に影響しそう」と思うことはありますか?

カタチだけで終わってないというスタンスがめちゃくちゃカッコいいですよね。…自分のスクールに対して、めちゃくちゃ上から目線でめちゃくちゃ恐縮なんですけれど、今ルワンダというアフリカの国へスクールを展開する取り組みをしていまして、普通のスクールって、日本の東京の渋谷にオープンできたら十分じゃないですか。でもさらにアフリカというその志の高さにすごく僕は惹かれています。

今、飯田さんご自身はいかがでしょう? サービス開発など、仕掛けてみたいことはありますか?

今、ツールのアイデアがいくつかあるんですけれど、そのひとつが「夜回り先生」のような役割を果たせる仕組みを持ったツールです。SNSベースにやりとりができるようなツールがあれば、安心できる人たちもいるのかな?と思うので。そんなサービスを企てています。ひとりじゃ無理なことってたくさんあるじゃないですか。だったら、仕組みで解決に導くしかないな……と。

すごいですね、楽しみです。飯田さんが「この人すごい」と思う人ってどんな人でしょう? 同業者にそんな方はいますか?

いますよ!そのひとりが同じメンターの宮崎という人間です。20歳のエンジニアなのですが、とにかく実務経験が豊富。人工知能もブロックチェーンも、スクールに通わず独学でものにしています。もう、すごいとしか言いようがないです。

もうひとりは、開発の現場でお世話になった30代のトリリンガルエンジニアです。ものすごく尖った人ではあるのですが、技術があるから年収もいい(笑)。エンジニアってこんな職業なんだ、のイメージを作った人です。

学習力、スピード、尖っていそう、というのがおふたりの共通点。

Image from Gyazo

あと、ふたりとも「孤独」かもしれない。
孤独に強いという要素も優秀なエンジニアに必要なのかもしれません。

この先なりたいエンジニア像と、先ほど聞かせていただいた、つくって残していきたいサービス。どうしてそこを目指すのか、という理由はありますか?

僕、いじめられた経験もいじめた経験もあるんです。いじめという問題は世の中にずっとあるのに、解決しないですよね。解決しようと動ける人も少ないと思うんです。ちょっとそういう世の中に違和感を感じていて、何かやってみようかなと思いました。

いじめのことでいうと、かつてメンタリストDaiGoさんが番組でお話されていたことがとても印象深かったのですが、彼はいじめられていて、ある時に同級生の前で、突発的な怒りから同級生の前でナタを投げたんだそうです。でも体がヒョロヒョロだったので、すぐに地面に落ちてしまった。けれど、投げつけるという「行動」が周囲を変えて、いじめがピッタリ止んだ。それで「自分の行動ひとつで世界って変えられるんだ」と思うようになったんだそうです。

メンタリストDaiGoさん、大活躍されていますよね。でも、そのお話は初めて聞きました・・!

Image from Gyazo

状況を変えるのは自分の行動だと。そこがとてもポイントだと思っていて、実際僕がいじめから立ち直るきっかけになったことも、めちゃくちゃ筋トレして、100キロのベンチプレスをあげられる肉体になったことだったんです。

100キロのベンチプレス! どうしてまた、そんな思い切った行動を取れたんですか?

『バキ』という漫画のキャラクターが憧れで。

『バキ』ですか?

・・・範馬勇次郎のようになりたかったんです(笑)
完全に、それが動機ですね。

それは、めちゃくちゃ、生徒さんと会話に花開きそうな動機ですね・・・!(笑)

やると決めたら最短距離を走る。飯田さんがイノベーションを求める原体験とは。

真面目な話、憧れを持つことって大切ですね。憧れがモチベーションになり、行動が変わりますから。

そうかもしれません。それにしても僕は「気持ち」で突っ走りがち。その最たる例が、スクールに入ってホームレス生活をしたことです。受講料を支払ったら、お金がなくなりました。気づいたら、やるしかない状況になっていました。

そんなふうに「気持ち」を動かしたWebの世界の魅力ってなんでしょう?

Image from Gyazo

例えば人に何かを伝える際、対面ではせいぜい1対30が限界かなと思うんです。でもWebの母数はネット人口なわけですよ。自分がものをつくって影響を及ぼすことができるなら、インターネットの世界の方が効率がいいと思ったんです。やっぱり何かつくるだけではなく、それを使ってもらいたかったんです。

なるほど。最後に、エンジニアとして、ひとりの人間として、これからやってみたいことをお聞かせください。

僕、長崎出身で、じいちゃんが被爆者なんですよ。放射線を受けている人で、親からは「あなたは50歳くらいまでしか生きられないよ」と言われているんです。なので、何をするにも時間を大切に、命とか自分の価値とか考えるというよりも、イノベーションしたいなあ!と思っています。それを実現したいです。

■飯田潤さんのTwitterこちら

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